[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

名 前:コアラ
性 別:
身 分:会社員(技術系)
棲み家:東京に戻ってきました。
趣 味:音楽鑑賞(クラシック、ジャズ)
ホルン、ヴァイオリン、パソコン

管理人略歴
歳のときにピアノの教師である母親に、無理やりピアノをやらされる。

歳のとき、姉と共にヴァイオリンを無理やりやらされる。
その後やめるタイミングを掴めず、だらだらと大学3年まで続けることになる。
姉もやめるタイミングを掴めず、そのままヴァイオリンの先生となる。

歳のとき、区立O小学校へ入学。これは無理やりではない。

歳のとき、ピアノのレッスン中に母親と大喧嘩。以後、ピアノは独学となり、
ろくに弾けないまま今日に至る。この時までに母親から習ったことは、ピアノは
人差し指1本で弾いてはいけないという事のみ。

12歳のとき、区立O中学校へ入学。姉にそそのかされて、吹奏楽部に入部してしまう。
楽器はホルンを選択。理由はゴチャゴチャした管をなぞってみたかったから。渡された
ホルンはシングルF管。そのときはそれが過酷な楽器であることは知る由もなかった。
顧問の先生が声楽専門だったため、無理やり合唱団にも兼部させられる。

13歳のとき、分数ヴァイオリンを卒業。現在の愛器と出会う。
ハレンチな赤色をした楽器である。

14歳のとき、嘘のようだが、合唱団がTBS子供音楽コンクールで東日本大会へ進出。
そのころ本業の吹奏楽は都大会で予選落ち。

15歳のとき、都立U高校へ入学。もちろんホルンを続けるべく、吹奏楽部へ。
もちろん高校の楽器はダブルホルンだろうと思ったら、F管でショックを受ける。

16歳のときにホルンを専門の先生に習い始める。
その頃までシングルF管でがんばっていた。

17歳のとき、先生の勧めでConn8Dを購入!ついに念願のMyホルンを持つ。
このとき初めてダブルホルンと云うものにさわる。
またこの年この若さでびっくりなことに「ぎっくり腰」になり、そのときから腰痛君との
一生にわたるであろう長いお付き合いが始まった。

18歳のとき、大学受験で玉砕。本人は部活が厳しかったからと言い張る。
悶々とした浪人生活に突入と思いきや、社会人バンドに入ったりと、音楽生活を満喫。

19歳のとき、東京R大学(Rが邪魔だなぁ)へ入学。何を勘違いしたのか物理学科に
入ってしまう。もちろんホルンをやるべく大学の管弦楽団へ。
ここで名前、見た目、お酒などの要因によってついたあだ名がコアラだった。

20歳のとき、ホルンもヴァイオリンも出来るからと楽団の学指揮候補にさせられる。
部室でヴァイオリンをさらうんでなかったとちょっと後悔。しかしその頃には
大学生活の半分は部室にいるりっぱなダメ学生となっていた。この頃から
「オケ学部ホルン科で物理クラブに所属しています。」
などと勘違いなことを言い始める。

21歳のとき、晴れて学生指揮者へ。この頃から成績はウナギ上りならぬウナギ下り!
「苦手な科目は?」 「物理です!」 と臆することなく言えるようになる。

22歳のとき、何とか研究室に滑り込む。就職活動が面倒で大学院へ行くことにする。
今までのぐうたらを取り返すべく(HPを作りつつ)猛勉強!?の末、大学院に合格。

23歳のとき、続々と卒業して一人立ちしていく同輩を尻目に大学院へ進学。
床屋のおばちゃんに「まだ学生やってんの?」と言われてちょっと傷付く。。

24歳のとき、研究内容に全く関係ない企業(第1志望)から内定をもらい
就活に終止符を打つ。「金属ガラス」なるものを研究テーマに大学院を修了する。

25歳のとき、静岡県浜松市の某企業に就職。以後、現在まで
大学の専攻にまるで関係ない音楽の仕事に携わっている。

28歳の現在、静岡県浜松市から転勤で東京にUターン。
いつのまにやらすっかり田舎に染まってしまった自分に気付く。



ホームへ戻る