Giovanni Gabrieli
ジョヴァンニ・ガブリエリ
1557年にヴェネツィアで生まれ、1612年同地で没した16世紀ヴェネツィア楽派を代表する作曲家、オルガン奏者。伯父のアンドレア・ガブリエリのもとで音楽教育を受けた。1576年18歳のときにミュンヘンのバイエルン選帝侯の宮廷礼拝堂に行き、そこで数年間にわたり偉大な音楽家ラッススの助手として活躍した。1584年当時オルガニストの地位として最も重視されていたヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の第2オルガン奏者になり、ついで1586年アンドレア・ガブリエリの死後、大聖堂の第1オルガン奏者に任命され、生涯その地位に留まった。ジョヴァンニ・ガブリエリが29歳という若さで16世紀のオルガン奏者が望み得る最高の地位に就いたのは、彼が卓越したオルガン奏者であったことを物語っている。彼は作曲家としても優れ、その名声はイタリアはもちろん、アルプスを越えてヨーロッパ中に広がり、16世紀末のドイツの作曲家、ハンス・レオ・ハスラー、17世紀の協奏曲風の宗教的な合唱曲に貢献したグレゴール・アイヒンガー、バッハ以前のドイツ教会音楽の最大の巨匠、ハインリヒ・シュッツらが、弟子として彼のもとに集まった。
ジョヴァンニ・ガブリエリの作品には伯父のアンドレアと同様にオルガンのための自由で即興的なイントナツィオーネやトッカータ、協奏的手法を持ったマドリガル、声楽と器楽のための華麗な教会作品があり、アンドレアが開拓した道をさらに推し進めてヴェネツィア楽派を最高の頂に推し進めた。彼の作品の特徴は、和声と音色の輝かしい色彩効果や、声と楽器の大胆な掛け合い、リズムとダイナミクスを巧みに対比させつつ全体のバランスを保っていることなどで、ヴェネツィア画派の絢爛豪華な絵画を思い起こさせる。また器楽の分野では複数主題的な様式のリチェルカーレを単一主題的なフーガ形式へと近づけ、器楽用カンツォーナでは、各部分を挿入句によって引き伸ばし、さらに部分の数を減じてそれぞれに対照的性格を与え、後のバロック・ソナタを生み出す様式原理を開拓している。
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