William Byrd
ウィリアム・バード


 1542年3月に生まれ、1623年7月4日に没したイギリス・エリザベス朝最大の作曲家。生涯について詳しいことは知られていないが、リンカンシャー出身で、タリスに学んだといわれる。1563から73年までの間リンカン大聖堂のオルガニストを務め、1569年にはエリザベス一世の宮廷礼拝堂のメンバーにも加えられ、タリスと共にそこでもオルガニストを務めた。1575年、2人は女王から21年間に及ぶ楽譜出版販売の特許を受け、同年バードの作品18曲を含む「Cantiones Sacrae」を出版した。85年にタリスが死んだ後には、特許はバード1人のものとなり、「Psalmes, Sonnets, and Songs of Sadness and Pietie」(1588)、「Songs of Sundrie Natures」(1589)、「Lieber Sacrarum Cantionum」(1589,1591)など、続々自作を出版した。93年にエセックス州ストンドンに移ったが、ここの財産権をめぐる訴訟に巻き込まれた。その後、さらに1605年、07年には「Gradualia」(カトリックのモテト集)、11年にはブル、ギボンズなどとヴァージナル曲集 「Parthenia」を出版、23年にストンドンで80年の生涯を閉じた。
 創作活動は教会音楽、世俗的合唱曲、ヴィオールのための室内楽、鍵盤楽器音楽など当時の音楽のあらゆる分野に及び、そのいずれにおいても個性的なすぐれた作品を残している。プロテスタント系である英国国教会のためにグレート・サーヴィスやアンセムなど多数の教会音楽を書いたが、バード自身は生涯カトリック信者であった。また彼はイタリアの影響下に育ったイギリス・マドリガルの開拓者の1人で、これらの宗教的、世俗的合唱音楽では英語独特のリズム感を生かした卓越した対位法の技法を示している。鍵盤音楽は前述の「Parthenia」や、「Fitzwilliam Virginal Book」などに優れたものが収められているが、舞曲のスタイルを様式化し、ディヴィジョンやシャコンヌの変奏技法を発展せしめるなど、ヴァージナルの特性を十分に発揮した作風を示した。




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